往事茫々 昔のことぞしのばるる・・・

古希ちかくなった暇なオジさんが、あれこれと折にふれて思い出したことや地元の歴史などを書き留めていきます

12 「一週間の禁足に」 その1「蒟蒻版が配布され」・「禁足とは」

 午後は、先夜(せんや)おれに対して無礼(ぶれい)を働いた寄宿生の処分法についての会議だ。会議というものは生れて始めてだから頓(とん)と容子(ようす)が分らないが、職員が寄って、たかって自分勝手な説をたてて、それを校長が好い加減に纏(まと)めるのだろう。纏めるというのは黒白(こくびゃく)の決しかねる事柄についていうべき言葉だ。この場合のような、誰が見たって、不都合としか思われない事件に会議をするのは暇潰(ひまつぶ)しだ。誰が何と解釈したって異説の出ようはずがない。こんな明白なのは即座に校長が処分してしまえばいいに。随分決断のない事だ。校長ってものが、これならば、何の事はない、煮え切らない愚図(ぐず)の異名(いみょう)だ。(中略)
 では会議を開きますと狸(たぬき)はまず書記の川村君に蒟蒻版(こんにゃくばん)を配布させる。見ると最初が処分の件、次が生徒取締の件、その他二三ヶ条である。
(中略)
 それから校長は、もう大抵(たいてい)御意見もないようでありますから、よく考えた上で処分しましょうといった。ついでだからその結果をいうと、寄宿生は一週間の禁足(きんそく)になつた上に、おれの前へ出て謝罪をした。(六)

 

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近藤浩一路『漫画坊っちゃん』より「教員会議」)

 「バッタ事件・吶喊(とっかん)事件」を引き起こした寄宿生に対する処分を決める職員会議の様子を描写した部分です。
 会議のレジメとして配られたのが「蒟蒻版」です。岩波の全集新版(平成六年、一九九四)には、「謄写版(とうしゃばん)が普及する前に用いられた、こんにゃくを版に使った簡易な複写の装置。また、その複写されたもの」との注解があります。  

 今では「謄写版」自体が分からない人も多いことでしょうから、その説明からしておくほうが親切かも知れません。

謄写版】孔版印刷の一種。ろう引きの原紙に、鉄筆で書いたりタイプライターで打ったりして細かい穴をあけ、そこから印刷インキをにじみ出させて刷る。また、その印刷機。がり版。(国語辞書 - goo辞書)

  私が勤め始めた昭五十年代前半(一九七○年代後半)には、パソコンはもちろんのこと、ワープロ専用機もありませんでした。テスト問題などは、たしかボールペン原紙と言ったと思いますが、それにボールペンで文字を書き、輪転機にかけたものでした。
 中には、鉄筆でろう原紙にガリガリと音を立てながら、活字のようにきれいな文字を刻むことができる「職人芸」をもった年配の先生もいました。

 さて、「蒟蒻版」ですが、明治初年代にヨーロッパからヘクトグラフ(Hektograph)が輸入され、版にコンニャク(実際はゼラチンや寒天など)が利用されたので、その名がついたということです。数十枚程度の印刷は可能であったようですが、明治二十七年(一八九四)、滋賀県出身の元役人で発明家の堀井新治郎父子が発明し、商品化した「謄写版」が普及したことで、姿を消していきました。

 

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( 明治時代に丸善株式会社書店が開発した「軽便写字器械」http://www.showa-corp.jp/toshakan/picts/konjak/kon01.html

 

 禁足とは

 「禁足」という言葉の意味を、『日本国語大辞典』(小学館)では、「①一定の場所にいさせて外出させないこと。また、外出しないこと。②罰として外出を禁止すること。また、その刑罰」としています。
 そして、②の用例として、「懲罰は左の如し。一、謹慎 二、拘禁 三、禁足(「海軍懲罰令」明治四十一年、第十条)」が挙げられています。
 では、実際に中学校ではどのような懲戒の規定が設けられていたのでしょうか。明治三十九年(一九○六)の愛媛県立松山中学校のそれを挙げてみます。

第十三章  罰則
第七十二条 凡(すべ)テ校則諭達遵奉(じゅんぽう)セサル者ハ之ヲ罰ス。其罰科ハ戒飭(かいちょく)、拘止(こうし)、禁外出停学放校ノ五トス。
第七十三条  戒飭ハ学校長之ヲ説諭譴責(けんせき)シ拘止ハ放課後三時間以内学校ニ止メ禁外出ハ校門外ニ出ヅルヲ禁ジ停学ハ昇校ヲ停メ放校ハ学校ヨリ放逐スルモノトス
第七十四条   拘止ハ通学生徒ニ之ヲ科シ其他ハ一般生徒ニ之ヲ科ス
第七十五条   犯則ノ軽キ者ハ之ヲ戒飭ニ処ス
第七十六条  犯則ノ重キ者ハ之ヲ一日以上七日以内ノ拘止又ハ禁外出ニ処シ其更ニ重キ者ハ之ヲ八日以上十五日以内ノ拘止又ハ禁外出ニ処ス 
第七十八条   一学年中拘止又ハ禁外出三度ニ及フモ改悛(かいしゅん)セサル者ハ之ヲ二ヶ月以内ノ停学ニ処シ尚改悛セサル者ハ之ヲ放校ニ処ス
第七十九条   校規擾乱(じょうらん)スルモノ又ハ怠惰放恣(たいだほうし)凡テ風儀ヲ残害スルト認定スルモノハ之ヲ一学年以内ノ停学ニ処シ其殊ニ重キモノハ之ヲ放校ニ処ス但放校所分ハ其ノ都度知事ノ認可ヲ得テ之ヲ行フ 
(ふりがな・太字・傍線筆者)

 「バッタ事件・吶喊事件」の首謀者(?)たちは寄宿舎生ですから、上記第七十六条のうち、「禁外出」の処分を受けたことになります。

# 恥ずかしながら、この規則を読むまで、「戒飭」という言葉を知りませんでした。(読めませんでした)

 意味は「人を戒めること。注意を与えて慎ませること。また、自ら戒め慎むこと。」とあります。(増殖難読漢字辞典.com/honbun/zoukan-522c.html )

 現在の「校長訓戒」に相当するでしょうか。