往事茫々 思い出すままに・・・

古希ちかくなった暇なオジさんが、あれこれと折にふれて思い出したことを書き留めていきます

9  その3「宿直は何のために(つづき)」・「宿直は命がけ!?」

 では、実際に宿直の業務はどのように規定されていたのでしょうか。
 明治三十五年の『静岡県立浜松中学校一覧』から抜き出してみました。御真影勅語謄本の「奉衛(守ること)」、「奉遷(移動すること)」について、細かく規定されています。

四章 内規
第三 当直心得
第一条 当直ハ校長奏任待遇ノ教諭及舎監ヲ除キ職員一名輪番ヲ以テ之を勤ム
第二条 当直員ハ特ニ御真影室ニ注意スベシ若(も)シ非常事変ノ場合ハ御真影並ニ勅語謄本奉衛手続キニ依(よ)ルベシ
(第三条~第十三条 略)
第四  御真影並ニ勅語謄本奉衛手続
第一条 御真影並ニ勅語謄本奉置ノ場所ハ講堂上段ノ間トシ宿直員ニ於テ之ヲ保管スルモノトス
第二条 御真影並ニ勅語謄本奉置ノ場所ハ宿直員ニ於テ学校内外巡視ノ際特ニ注意ヲ加フヘキモノトス
第三条 天災地異等ニ際シ御真影並ニ勅語謄本ニ危険ノ虞(おそれ)アリト認ムルトキハ宿直員ハ勿論(もちろん)其他学校職員ニ於テ直(ただ)チニ奉遷場ニ奉遷スベキモノトス
        第一奉遷場 浜名郡役所
   第二奉遷場  元城町報徳館
第四条 前条の奉遷場ニ奉遷シタルトキハ必ズ警衛者ヲ置クベキモノトス
第五条 御真影並ニ勅語謄本奉置セル室ニハ猥(みだ)リニ出入ヲ禁ジ洒掃(さいそう)ノトキハ校長若クハ教諭(奏任待遇)其ノ任ニ当タルモノトス
 

 この御真影というのは、明治天皇昭憲皇太后の肖像写真のことです。宮内省から各学校に貸与され、教育勅語謄本とともに厳重に保管されていました。(前回記事に写真があります三大節(元旦・紀元節二月十一日・天長節十一月三日、昭和2年以降は四大節)には講堂の正面に飾り、児童生徒・職員一同が拝礼するよう定められていたのです。
  この背景には明治十八年(一八八五)に初代の文部大臣に就任した森有礼が進めた教育政策、すなわち国家至上主義のそれがあったと言われます。
 初め官立学校だけに限られていた御真影の下付ですが、明治二十年代以降、その範囲は師範学校及び中学校に拡大、さらにその後、高等小学校、尋常小学校等へと広げられていくことになります。

 

 宿直は命がけ!?

 御真影教育勅語謄本は、宮内省から「貸与」されていましたので、極めて慎重な取り扱いが要求されていました。それは前掲の浜松中学校の内規からもよくうかがうことができます。
 ところが、当時は一部の高等教育機関を別にして、ほとんどの学校が木造建築であったために、火災による御真影焼失が大きな問題でした。
 中でも、明治三十一年(一八九八)3月27日に長野県の町立上田尋常高等小学校(現在の上田市清明小学校)で、明治天皇の行在所(あんざいしょ)となった本館校舎が全焼し、御真影が焼失した際は、校長・久米由太郎がその責任を取って割腹自殺するという痛ましい事件が起こりました。 

 息子で小説家の久米正雄(明治二十一~昭和二十七年、一八八八~一九五二、下の写真)は、後に『父の死』(大正五年:一九一六)という作品でこの事件を扱っています。

 

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 また、明治四十年(一九○七)一月、宮城県立仙台第一中学校(現在の宮城県立仙台第一高等学校)で校舎が全焼した際には、御真影を「奉遷」しようとした宿直者の書記が殉職するという悲劇も生じました。
 『教育塔誌』(帝国教育会、昭和十二年、学制発布以降、学校教育時間内において不慮の災厄で死亡した教職員137名、児童・生徒・学生計1435名の氏名を掲載)には、明治二十九年(一八九六)から昭和十二年(一九三七)までの四十年余の間に、この種の「殉職者」が十七名もあったことが記されています。   (下は殉職者と殉職の事由についての記載例)  

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 こうした一連の痛ましい事件は、新聞の大きく報道するところとなり、文部省は御真影の「奉護」について本格的に取り組むことになりました。

 

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 その結果、昭和に入ると、神殿型鉄筋コンクリート造りの「奉安殿」による御真影奉護という形態が全国に広まっていくことになります。(写真は北豫中学校〈現在の愛媛県立松山北高等学校〉の奉安殿、http://matsuyamakita-h.esnet.ed.jp/shoukai/hokuyo.html

 

第9章 参考文献

国立国会図書館デジタルコレクション

  

*全国公立尋常中学校統計書』(三井原仙之助、明治三十一年:一八九八)

漱石全集』第二十二巻、岩波書店、二○○四年
 佐藤秀夫『学校ことはじめ事典』小学館、一九八七

*『明治三十五年静岡県立浜松中学校一覧』一九○二

*帝国教育会『教育塔誌』一九三七年