往事茫々 昔のことぞしのばるる・・・

古希ちかくなった暇なオジさんが、あれこれと折にふれて思い出したことや地元の歴史などを書き留めていきます

2024-08-01から1ヶ月間の記事一覧

ふるさと山国(やまくに)の今昔あれこれ37 山国の小字②

前回に引き続き、その他の小字のうち、特徴的なものについて素人なりに考察してみました。 ババ筆者の住まいを含む一帯の小字ですが、漢字では「馬場」と表記し、「もともとは馬を走らせる広場のことであったが、後には神社、寺院の参道のような、直線的な広…

ふるさと山国(やまくに)の今昔あれこれ36 山国の小字①

子どもの頃、明治生まれの祖父母たちが、地区内の人を指して「ガンジの○○さん」とか「ヒガシワラの○○さん」などと言っていた記憶があります。今思うと、井上だの田中だのと同一の苗字が20~30軒もあるわが地区では、所在地(小字)(1)を付けて呼ばないと、…

ふるさと山国(やまくに)の今昔あれこれ35  妙仙寺②

今回は、妙仙寺二十五世・金岡俊隣和尚と二十六世・金岡梅友和尚の事績などにについてまとめてみました。 まず、『新修 加東郡誌』(1974年、加東郡教育委員会)の各節編第4章「加東の人物」をもとに、金岡俊隣和尚について。 『新修 加東郡誌』(1974年、加…

ふるさと山国(やまくに)の今昔あれこれ34 妙仙寺①

中谷与助 著『明治新撰播磨名所図絵』(大阪工新図匠館、1893)より 大椿山 妙仙寺 現在地 社町山國字ヲタンバ創立 明応六年 寛延元年領主丹羽家転領ト共ニ移転シ来ル。本尊 聖観音開基 尾張國愛知郡折戸城主丹羽和泉守氏従 中興開基 同国愛知郡岩崎城主丹羽…

ふるさと山国(やまくに)の今昔あれこれ33 「山国・南山古墳群」

集落の中を南北に貫いている県道85号(神戸加東線)を南に向かい、小野市との境を右折し、西に向かうと右手には水田・畑・休耕地などの間に民家が数軒散在しています。西は東実地区、南は屋度地区と接し、当山国地区の南西にあたる一角が字南山(1)です。こ…

ふるさと山国(やまくに)の今昔あれ32  「山国・源ケ坂遺跡」

我々の山国地区に人々が住み始めたのはいつの頃からだったのでしょうか。『社町史第一巻 本編1』によれば、旧社町域においては縄文時代前期・約6000年前の上三草・風呂谷遺跡が最古の集落遺跡だということです。弥生時代(1)に入ると、加古川、千鳥川、三…

ふるさと山国(やまくに)の今昔あれこれ31  北向き地蔵(縁切り地蔵)

お盆に入りました。数日前は朝夕に北風が強く、昼間はともかく酷暑もピークを過ぎたかと思っていたら、本日は最寄りのアメダス(兵庫県西脇市)で「39.5度」を記録していました。 現役時代と定年後合わせて11年間、県道85号線(神戸加東線)を通って三木市内…

ふるさと山国(やまくに)の今昔あれこれ30  王子ケ池の伝説

王子ケ池は、集水面積102.60ha、受益面積86ha、堤長275.5m、貯水量150,000m3と、水面積こそ原田池には及ばないものの、山国区長が管理する10のため池の中で最大の池です。 航空写真(グーグルアースより) 以下は、『やしろ昔ばなし集 ふるさと』(社町子…

ふるさと山国(やまくに)の今昔あれこれ29 山国村の貞婦その

3『播磨奇人伝』という書物があります。これは、儒学・国学・医学・工芸・俳諧等々、学問風流を好む庄屋・篤農家に属する人々や、農家の妻で貞淑・勤勉・孝行の人々計220余名の略伝集です。 編著者の宇都宮大潔は、文化元年(1804)現在の姫路市飾磨に生まれ、…

ふるさと山国(やまくに)の今昔あれこれ28「村明細帳」にみる18世紀中頃の山国村⑦(最終回)

一 村方 竪東西三拾七町 内廿三丁半山国村領ニ而入相野入組横南北拾七丁 但余田境より社村境迄但村境ハ西ハ社村松尾村田畑を境東実村畑林沼、南ハ様塚よりおくひさき迄一筋之通道を限、北ハおくひ先より社村境塚迄大道限り山国村領内此内南広沢よりわらしか…