往事茫々 思い出すままに・・・

古希ちかくなった暇なオジさんが、あれこれと折にふれて思い出したことを書き留めていきます

11 「これでも元は旗本だ」 その1「ご先祖様は」

 これでも元は旗本だ

 このままに済ましてはおれの顔にかかわる。江戸っ子は意気地(いくじ)がないといわれるのは残念だ。宿直をして鼻垂れ小僧にからかわれて、手のつけようがなくって、仕方がないから泣き寐入りにしたと思われちゃ一生の名折(なお)れだ。これでも元は旗本だ。旗本の元は清和源氏(せいわげんじ)で、多田の満仲(まんじゅう)の後裔(こうえい)だ。こんな土百姓(どびゃくしょう)とは生れからして違うんだ。ただ智慧(ちえ)のないところが惜しいだけだ。どうしていいか分らないのが困るだけだ。困ったって負けるものか。正直だから、どうしていいか分らないんだ。(四)

  「バッタ事件・吶喊(とっかん)事件」の夜、坊っちゃんは生徒を呼び出して問い詰めるものの、のらりくらりとかわされ、このような強がり・負け惜しみを言います。
 全編を通して、松山(とはどこにも書いてないのですが)という町、中学校の同僚・上司、生徒、町の人たち等々と、手当たり次第に揶揄罵倒(やゆばとう)する坊っちゃんですが、中でも生徒に対しては、とても許されないような過激で差別的な表現を用いています。第四章から拾い上げてみましょう。   

けちな奴等だ。~ 図太く構えていやがる。~ 下劣な根性 ~ 話せない雑兵(ぞうひょう)だ ~ こんな腐った了見の奴等 ~ 寄宿舎を建てて豚でも飼っておきあしまいし ~ いくら人間が卑怯だって、こんなに卑怯に出来るものじゃない。まるで豚だ。~ 豚は、打っても擲(たた)いても豚だから~

  生徒をつかまえて、さすがに「豚」はひどすぎます。
 学校が舞台で、主人公が教師なのに、生徒に対しては「敵意と軽蔑」しか表わしていません。
 そういう意味では、坊っちゃん』は文学史上に珍しい「学校小説」と言えるのではないでしょうか。         

  

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近藤浩一路『漫画坊っちゃん』より、国立国会図書館デジタルコレクション)

 

 ご先祖様は・・・

 引用文中に「元は旗本」とあります。時代劇のお好きな方には市川右太衛門の演じる早乙女(さおとめ)主水之介(もんどのすけ)の勇姿と決まり文句「禄は低けれど直参(じきさん)旗本」、「天下御免の向う傷!」が思い浮かぶかも知れませんね。
 「旗本」とは、徳川将軍家直属の家臣団のうち、石高が一万石未満で、将軍が出席する儀式などに参列できる御目見(おめみえ)以上の家格を持つ者を呼んだものでした。

 

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(「ビバ!江戸」http://www.viva-edo.com/hatamoto_gokenin.html

 

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(「映画史探訪」http://www5f.biglobe.ne.jp/~st_octopus/MOVIE/SILENT/28Utaemon.htm

 坊っちゃんのご先祖が本当に旗本であったかどうかを確かめるすべはありませんが、荒正人漱石研究年表』(集英社、一九七四年)によれば、夏目家は「士分」ではなく、江戸牛込馬場下で、周辺の十一カ町と高田馬場を支配した有力な町方(まちかた)名主(なぬし)を代々勤めた家柄で、結構裕福な生活を送っていたということです。

 

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 *このあたり(新宿区喜久井町) の大地主であった漱石の父直克が名づけたもので、「夏目」の名をつけて呼んでいたものが広まったという。坂下の吉野家前には,『夏目漱石誕生之地』碑が建っている。 (「坂のプロフイール」http://www.sakagakkai.org/profile/shinjuku/natumezaka.html
 
  さて、一方の生徒たちは本当に「土百姓」の倅(せがれ)たちだったのでしょうか。次節では、明治時代の中学生の「族籍実態」について述べてみたいと思います。